7.平和を愛する世界人を目指して

2010年10月3日
潘基文国連事務総長「平和の鐘」を鳴らす潘基文国連事務総長
(UN Photo/Evan Schneider)

 9月は、日本が世界平和を願って国連に贈った「平和の鐘」が毎年鳴らされる時期となっている。

 今年は9月17日に、第8代目に当たる潘基文(パン・ギムン)国連事務総長が、ニューヨーク国連本部にてこの「平和の鐘」を鳴らし、世界平和を祈願する式典を行った。

 「平和の鐘」の由来については、フリー百科事典「ウィキペディア」に次のように記されている。

【日本の平和の鐘(Japanese Peace Bell)は、1954年に日本国際連合協会から国連に贈られた鐘。鐘には当時の加盟国を中心とした、60数ヵ国のコインが溶かし込まれている。(なお、日本の国連加盟は1956年)
 また、鐘の側面には「世界絶対平和万歳」の文字と国境の無い世界地図が刻印されている。毎年9月21日に国連本部で行われる「世界平和デー」の式典では、必ずこの鐘が打ち鳴らされる。国境の無い世界地図は「世界は一つ」の象徴を意味している。また、鐘を打ち付ける部分には原子力マークが描かれており核兵器廃絶への願いが込められている。】

ウィキペディア「日本の平和の鐘」より

 「平和の鐘」は、日本が平和を愛する国となることを願って造られ、国連に贈られたものと言えよう。 顧みれば、戦争と平和が人類歴史を彩ってきたが、そのどちらが多かったか、といえばやはり戦争の印象が大きいと言わざるを得ない。

 平和に生活し、物質的にも豊かな人生をまっとうすることができれば、幸福な人生と言えるのだが、歴史を振り返ってみると、そうした生涯を送れるようになったのは、ごく最近のことである。

 もちろん、それは先進諸国の間だけのことで、世界には多くの貧しい国家があることは間違いないが、豊かな国家が過去のどの時代よりも多い時代は、現代であることを否定することはできない。その豊かさを謳歌している現代でも、戦争を根絶することはできないし、その人類を滅ぼす兵器である核兵器を廃絶することもまだなしえていないのである。

 どうして戦争が終わらないのか。平和を皆で共有できないのか。それを実現するために組織された国連でさえ、平和実現に貢献している面もあるが、絶対的な平和を生み出すまでには至っていない。

 戦争はどうして起こるのか。その原因は複雑な要素が絡み合っていることは間違いない。しかし、それをあえてシンプルな図式で考えるならば、一つはやはり財物の不均衡、経済の格差など、社会が等しく食べ物や物質などを分かち合うことができていないからだということができる。と同時に、もう一つ忘れてはならないのは、その背景に弱肉強食的な欲望や善悪闘争史が存在することである。

 この悲劇を生み出す心の中にある「悪」はエゴイズムであり、キリスト教でいえば「原罪」である。むしろ、この問題こそ人類を戦争に巻き込む悲劇の原因かもしれない。この心の中のエゴイズムによって、どうしても様々な衝突を引き起こし、国と国、民族と民族が戦い、財物を奪い合う闘争が巻き起こり、人的犠牲を出しな がら戦争を繰り返してきたからである。だから、われわれは、この根本的な問題を解決しないかぎり、どんなに平和な国、平和な世界を願ってもそれを実現することはできないだろう。

 平和な国家として繁栄している国でさえも、その国民の中に戦争の種があり、それが国家の分裂や民族紛争を巻き起こすからである。しかし、人類の本質を追求していけば、誰もが世界平和を願わない人はいないだろう。

 世界平和を実現するのは、われわれ自身が成し遂げなければならないのである。そして、それを根本的に解決する方法は、超国家的な共生共栄社会を実現することでしかない。その意味で、国連で「平和の鐘」を鳴らすことは、これまでの戦争が生み出してきた民族の中に潜む憎悪と対立・怨念を解決することでなければならない。

 最終的には、恩讐同士がその怨みを捨て涙とともに許し合い贖罪しなければならない。これは難しい。これを解決する選択肢の一つに、国際結婚、多民族共生社会という道がある。これが未来の「世界の平和」を実現する人類の希望であることを確信するのである。
 皆様!「平和の鐘」を鳴らしましょう!

平和大使在日同胞フォーラム代表 鄭時東(チョンシドン)

【参考リンク】国際平和デー(9月21日)に寄せる潘基文事務総長のメッセージ


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