4.韓国動乱から60年を迎えて

2010年7月2日
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Wikipedia「朝鮮戦争」

 韓半島で1950年6月25日に始まった南北分断の悲劇・韓国動乱(朝鮮戦争)から今年で60年を迎えた。

 今や当事、青年だった人の多くが老齢となって、戦争当時のことを語る人々も少なくなった。その後に生まれた世代や直接関与しなかった大多数の人にとって、韓国動乱は風化しつつあるといってもいいかもしれない。60年という歳月を経過すれば、どんなに衝撃的な出来事であっても、その衝撃度が薄められてしまう。

 しかし、どんなに歳月が経過しても二度と忘れられない記憶もある。悲劇を体験した当事者は苦悩し、忘れたいのに忘れられない記憶に苦しめられているのだ。戦争の悲劇は、この消し去ることのできない記憶、痛み、そして、自分に親しかった者を失った悲しみである。それを抱えながら生きることは、当事者にしかわからない体験であり思いである。しかも、当事者が亡くなってしまえば、語り継がないかぎり、その事実も思いも消えてしまうのだ。

 韓国動乱から60年。この節目の時は、まさにその分かれ目と言っていいのではなかろうか。だからこそ、今こそ21世紀までに引きずってきた南北分断の悲劇をわれわれは改めて見つめ直し、その本質について考えなければならない。

 なぜ分断の悲劇が起こったのか、そして、それをどうすれば解決できるのか。こう自分に問いかけなければならないのは、これが韓民族だけの問題ではなく、象徴的に見るならば人類の問題であり、われわれの良心の試金石というべき問題であるからである。韓国動乱の悲劇は、そこに人類共通の悲劇を抱えているのだ。同じ民族同胞、同じ血を持った家族が対立し、離ればなれになり、その故郷に帰れずにいるのが韓国動乱が引き起こした悲劇である。そのことは、まさに、われわれがこの21世紀において親子や兄弟関係、親族関係で疎外されつつある状況の縮図である。

 われわれもまた、心の故郷を南北に分断された近代人なのだ。そのことは現在の自分の周りを見渡せばよい。社会に現実に起こっている事象を観察すればいい。そこに人間関係が希薄になってしまい、かつてない残虐な事件や性的退廃が蔓延し、殺人事件も日常茶飯事に起こっているのを見るだろう。同じ国民としての無条件の信頼関係は、そこでは既に無くなっている。隣人でさえ、疑わなければならない状況。ある意味では人間性を喪失させる見えない戦争が毎日、どこかで勃発している状況といってよい。

 そのような文明社会は果たして幸福といえるのだろうか。社会の倫理道徳の崩壊によって家族が壊れ、心と体の居場所を失ってしまったのではなかろうか。そのような社会へまっしぐらに進んでいないと誰が言えるであろうか。これこそ南北分断と同じように38度線によって心と体が分断され、本当の魂の故郷へ帰れずにいる状態ではないのか。

 現代人が見失った心の平和は、南北平和統一の問題と通底するものがある。その意味で、南北分断は21世紀のわれわれ自身の魂の切実な問題なのである。人類が互いに家族となること、深い絆を結ぶことが真の世界平和を生み出すカギになるからである。

 平和は国家と国家が条約を結ぶだけでは十分ではない。 最終的には国民同士が互いに草の根交流をして仲良くならなければいつしか崩壊していくだろう。条約だけでは友好が実質的な深い絆となることはない。そこに、国民同士の心のふれあいがなければ、やがて条約は空洞化し、忘れ去られ、再び互いに敵視しあって戦争に発展する悲劇も起こるかもしれない。

 そうならないためには、この韓国動乱という韓民族の悲劇を、一衣帯水の国家として、日本もまだ忘れてはならないのだ。日本はこの動乱に無関係ではなく朝鮮特需という敗戦後の経済復興と38度線からの脅威を防御したという恩恵を被ったという事実を知らなければならない。

 また、この動乱に際して、国連軍16ヵ国と共に在日学徒義勇軍642人が日本から志願し、祖国のために血を流したという事実も忘れてはならないだろう。これは過去に執着することと一見似ているかもしれないが、そうではない。歴史は消すことができないがゆえに、われわれはそれを正しく未来の世代に伝えなければならないという責務を負っているのだ。そして、そのことはその悲劇を終わらせること(南北平和統一) によってしか、真の意味で実現できないということも知らなければならないのである。

平和大使在日同胞フォーラム代表 鄭時東(チョンシドン)



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