24.歴史について考える

2012年3月1日

 2012年の今年は、かつて中国東北部地方に一時存在した「満州国」の建国されてから80年という節目を迎えている。戦後は終わったといわれるが、果たして、この第二次世界大戦についてどう評価しなければならないのだろうか。

「満州国」という国家は、1932年から1945年までの十数年という、わずかな歴史しか持たない。日本によって建国された満州国は、日本の敗戦とともに、その生命を終えた。人工的な国家という評価も確かにある。が、その理想とした「五族協和」という現在のグローバリズムを先取りしたような理念は、今でも再考しなければならないものがある。過去をすべて否定し去ることは歴史を否定することであり、現在までの連続性を断ち切ることである。

 イギリスの歴史学者・トインビーは、「歴史は繰り返す」という考えを持ち、これまでの国家や民族の基準とした歴史観では、世界史を捉えることができないとして、新しく文明を単位とする新しい歴史のパラダイムを提唱している。この背景には、単一的な国家次元の興亡の時代は終わり、世界史的な規模で国家同士・民族同士が興亡を繰り返すグローバル時代を迎えたという認識がある。一国だけの歴史では、本当の歴史を捉えられないのは、人間の成長に喩えればよく理解できる。

 人間の誕生も成長も、自分一人で生まれたわけではなく、誕生には両親の介在があり、そして、社会生活を営む集団によって家庭を持ち、独立していく。そのような多数の人々の関係によって、個人というものが存在できるのである。同じように、国家が成立するのも、他の複数の国家と関係の上に成り立ち、影響を受けたり与えたりしながら交流することで成り立つ。だから、その両者の国家の歴史を複合した視点から見なければ一方的なものになってしまうからである。

 これはきわめて小さな関係である二国間同士の関係でも同様にある。例えば、日本と韓国の歴史であっても、これまでの歴史はそれぞれの国家の観点から書かれているために、齟齬(そご)や衝突の原因にもなっている。それゆえ、両国の友好発展のために歴史的事実のすり合わせをしようとしたが、現在、両国の学者の間でも議論は紛糾してまとまらない。それほど歴史を正当に評価するということはむずかしいのである。例えば、アジアの民族運動に影響を与えたのは、在日からの二・八独立宣言が契機となって始まった三・一独立運動である。それが中国の五・四運動に発展し、アジアに波及した。歴史は生きた物語であることを知らなければならない。

 歴史を世界史というフィールドで、その思想と経済原理、国家エゴの角逐として、捉えなければわからないのである。一方的な歴史イデオロギーでは、本当の意味で友好や平和のいしずえになれないことを改めてわれわれは考えなければならないのである。例えば、今年の八十周年を迎えた「満州国建国」の節目の時に、この歴史的事件をどのように捉えるかを考えることは有意義であり、未来の人類史のためにも有益であることは間違いない。特に、民族や国家の壁を超えて「共存共栄共義」を目指した「五族協和」の理想は、その方向性が間違った方へ行ってしまった面があるが、その東洋平和への理想は間違っていない。

 歴史について、日本では「歴史は鏡である」という考え方がある。平安時代には、歴史を教訓として現在を見るという視点から、「大鏡」をはじめとして多くの歴史書が書かれた。その意味で、「満州国」建国80周年の節目の年に、この「五族協和」を改めて考える必要があると思うのである。

平和大使在日同胞フォーラム代表 鄭時東(チョンシドン)

【参考リンク】 満州国(Wikipediaより)
  三・一運動( Wikipedia より)

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