76.英国のEU離脱問題で思う

2016年7月1日

 イギリスの国民投票によって、EU離脱が決まり、全世界に激震が走ったのは記憶に新しい。それほど衝撃的だったのは、イギリスの離脱がたんに一国の問題ではなく、既にヨーロッパという枠組みを超えて、今後の世界秩序を大きく変更するような事態だったからである。最悪の場合は、第三次世界大戦という世界的な動乱の呼び水になりかねない政治的状況を孕(はら)んでいるからである。

 今後考えられる危機のひとつは、EUという国家を超えた政治制度、すなわち国益を超えてある一定の域内で、互いに経済的や政治的に対立を超えた友好関係を築いていた政治制度自体の崩壊である。これまで世界の歴史は、平和と戦争の繰り返しであったが、ほとんどは平和の時期よりも、戦争の時期の方が多かったことは言うまでもない。これは国家同士がどうしても、国益を中心に衝突し、互いに武力をもって戦争という手段で、問題を解決しようとしたからである。

 人類歴史に戦争が絶えなかったのは、人間自身に戦闘を好む性質が元々あったからだという考え方もあるが、それは哲学・思想・宗教の問題であるためにここでは詳しくは言及しない。戦争遂行への意思は、おおよそは自国の利益を拡大するためという動機が中心になっていることは間違いない。古代の国家間の戦争も、貿易や人的労働力の拡大、自国領土を拡大することによって、他国からの侵略を防ぐ国力の増大を狙っていた面があり、それが拡大することで、戦争の規模もまた拡大してきた。

 第一次・第二次世界大戦という戦争のグローバル化は、そのようなプロセスの上で行われ、世界平和を破壊し、無秩序ともいえる損害と被害を生み出した。もちろん、第一次と第二次では、戦争が終わったときの処理が違っていることがある。第一次大戦後には植民地はそのままだったが、第二次大戦後には、植民地解放という新しい世界秩序を生み出している。

 世界大戦は大きな悲劇であったが、それによって戦争という悲劇を食い止めようとする動きもあった。それが第一次大戦後の国際連盟、第二次大戦後の国際連合の創設であり、それをヨーロッパという地域限定で出発したのがEUだったのである。

 国際連合が世界的な組織であるのにもかかわらず、世界の平和に大きな貢献をしたことは間違いないが、巨大な組織であるために国益の衝突や齟齬 (そご)によって小回りが利かず、なかなか成果が上げられないのも事実である。それに比べると、EUはヨーロッパ限定であるために、国連よりもかなり踏み込んで、政治的や経済的に緊密な関係を築き、かなり現実的な面で、共同体という平和な関係を実現している。しかも、EU内では民族は自由に行き来し、交流できる自由がある。

 すなわちEUは、世界平和の秩序に対するある意味で、現実的なサンプルであり、理想的なケースだったのである。共同体から国際的な組織への成長というプロセスが崩壊したということ。それが崩れたことは、EU型の国家を超えた共同体(アセアンやその他)の将来へも、大きな影を落とすことになったのは間違いない。そのことこそ、この問題の核心であり、いまの世界秩序が民族主義的な動きへ傾斜しようとする危機の本質である。

 これはまた、マジョリティー、マイノリティーの共同による世界平和への平和思想が厳しい試練を受けているということでもある。

平和大使在日同胞フォーラム代表 鄭時東(チョンシドン)

【参考リンク】 イギリスの歴史

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